1のない館
夢日記 2026/09/27
テープ
僕はテレビ番組を見ている。
見ている、と書いたけれど、それがテレビだったのかはわからない。浮いたまま、誰の手にも持たれていない画角だった。
00:12:14荒れた高台。画面の左下から、茶色い馬が1頭。背中に2人。
00:12:19誰も操縦していない高さで、映像がゆっくり揺れる。
00:12:23帽子をかぶった男と、かぶっていない男。
00:12:28山の上に、5階建ての洋館。窓を数えると、いちばん上の段にだけ窓がない。
00:12:31入口の前の西洋甲冑が、動く。
00:12:33画面の下に、押すためのボタンが出る。押しても押さなくても、同じことが起きる。
00:12:34帽子の方が、剣のようなもので受ける。金属の音。
00:12:36もう一人がハンドガンを構える。
00:12:37甲冑が倒れる。
00:12:40「よし、入ろう」
00:12:432人が扉の暗がりに入る。馬だけが残る。
00:12:44ディレクターも、カメラマンもいない。怖がって来なかったらしい。だからこの映像だけが、記録になっている。
00:12:51「ここには何もないな」
00:12:57ここで、映像は終わる。
三階
どうやってここに来たのかは、覚えていない。
ただ、噂を聞いて、自分の足で来たことだけはわかっている。
三階は明るい。緑の壁紙。額縁の中の「?」。赤い丸と、青い四角と、黄色い三角が、解かれるのを待っている。海外の脱出ゲームのような部屋で、ここまではまだ、冒険として楽しめる。
階段がある。僕はそれを降りる。
降りる、というのは本当に下へ向かうことで、地下に近づいている感じがはっきりとある。
四階
何もない。
コンクリートと、天井の蛍光灯。蛍光灯はときどき、まばたきのように暗くなる。
回廊ではない。壁と、エレベーターの扉があるだけ。
先へ進むには、さらに下へ降りるしかない。
五階
太陽の光も、LEDもない。
スマホのライトをつける。光の届く範囲だけが、世界になる。
暗闇の中に、男がいる。
帽子をかぶっていない方だと思う。テレビで見たのは何年も前のはずなのに、彼はここにいる。過去の彼なのか、未来の彼なのか。この館では、時間がまっすぐ流れていない。
「この階は、アルファベットのOの形になってる」
「真っ黒な中庭を囲んで、ぐるっと一周できるんだ」
「相方は……ここを一周して、戻ってきた」
窓はない。中庭が本当にあるのかは、わからない。
僕たちは歩く。最初の角を、右に曲がる。
三割ほど進んだところ、外側の壁に、くぼみがある。踊り場のような、休憩所のような。
彼はそこに入って、こちらを向く。
「このあたりを明るく装飾して、何かに使えないかな」
言葉は普通だった。
目も、普通だった。
口だけが違った。口角が、顔の形を無視した角度で、上へ、上へ。
僕はそれを飲み込んで、もう少し進む。
次の角の、少し手前。
角の先が、明らかに暗い。ライトを向けても、そこから先には光が入っていかない。
何かを見たわけじゃない。
僕は引き返す。走って。
エレベーター
扉の横の壁に、ボタンが並んでいる。
上に、B1とB2。
下に、2、3、4、5。
1がない。
階段では、たしかに地下へ降りてきた。表示の上では、ここは地上の五階だ。地下五階であって、地上五階でもある。
1がないから、2を押す。
扉が閉まる。数字が5、4、3、2と減っていくあいだ、体は宙に投げ出されたように浮いている。
二階
扉が開くと、目の前に窓がある。一枚だけガラスが割れていて、そこから見える外が赤い。
二階は、さっきまでの二階ではない。壁紙は剥がれて、コンクリートか石が剥き出しになっている。シャンデリアが床に落ちている。
甲冑が立っている。最初に2人を襲ったものだと思う。動かない。
目が合う。
合うはずがない。
僕はしゃがんで、瓦礫の影を伝い、割れた窓まで行く。
赤い方へ。
外
空が赤い。
目の前に、道がある。山の中を下っていく、一本の道。
茶色い馬は、もういない。
帰り道の記憶は、ない。
その後
その後のことも、夢の中で知っていた。
2026-12-02
帽子の方は、あのロケのあと、言葉がうまく出てこなくなった。人格も変わった。
やがて過激なドッキリの担当になって、海外でバズった。再生数は、見ているあいだにも桁を変えた。
2027-04-18
1 名無しさん 2027/04/18 02:14帽子の方がおかしくなったの、あの館のロケが原因らしい
2 名無しさん 2027/04/18 02:17山の上の洋館だろ? どこにあるんだよ
3 名無しさん 2027/04/18 02:20地図に出てこない。ストリートビューも途中で途切れてる
4 名無しさん 2027/04/18 02:23行ったやつは、5階まであったって言ってた
5 名無しさん 2027/04/18 02:265階建ての洋館なんて、日本にあるか?
6 名無しさん 2027/04/18 02:29このレスは削除されました
噂は都市伝説になった。館の住所は、誰にもわからない。
2027-08-09
あるYouTuberが、館の中を撮った。
映像の中の館は四階建てで、エレベーターはなかった。絵の並ぶフロアがあるだけで、不穏なものは何も映っていない。
館は、来た人によって形を変えるのかもしれない。
2027-11-30
高校生が三人、館に入った。
そのうちの一人が、五階を一周した。
戻ってきてから、その一人だけ様子がおかしくなった。統合失調症のような症状が出て、痙攣も起こすようになった。
2028-02-21
水槽の魚は、四匹だったはずだ。五匹いた。
砂利の下から、死体が二つ出てきた。
数が合わない。どこから来たのかわからない魚が、三匹いる。
2028-06-13
鏡に映る、曲がり角。
駅のトイレのような場所の、奥の暗がり。
五階が、ふとした場所に混ざるようになった。
巻き戻し
◀◀ 00:12:57 → 00:12:14
甲冑が起き上がる。弾が銃に戻る。馬が後ろ向きに坂を下りる。
12:14を過ぎても、テープは止まらない。
00:11:58
地面すれすれの画。2人が、安いドローンを地面に置く。
「これ、勝手に飛ぶの?」
「……うん。勝手に撮ってくれる」
画面の隅に、AUTO。高度が上がっていく。2人が馬に乗る。
00:07:52
夕暮れの森。登山口の杭に、茶色い馬がつながれている。背中には、誰かが丸めた荷物。持ち主はいない。
「……これ、使っていいのかな」
「鍵がついてないからいいんじゃない」
00:04:31
山道を登るワゴン車。運転席にADが一人。後ろの席に2人。窓の外が、紫から橙へ変わっていく。
「じゃあ僕、下で待ってますんで」
「スタッフ、俺らだけ?」
「すみません、今日ほかのみんなが――」
(ノイズ)
「……右に曲がるんだよな」
「何が?」
「道」
「まだ曲がってないけど」
「……そうだっけ」
00:00:48
会議室。ホワイトボード。
深夜枠 ロケ企画
山の上の洋館(仮)
出演:2名
スタッフ:
電話が鳴る。
「……はい。……え、全員ですか?」
00:00:00
テレビ番組が作ったフィクションが、こっち側に滲み出てきた。
これが僕の夢日記。